この夏に 復元工事が終わったという
鎌倉二階堂にある 永福寺跡などを歩いてきた・・
(永福寺は、頼朝が滅ぼした奥州藤原氏や戦死者の怨霊を封じ込めるため、
鎌倉時代初期に 頼朝の居住地大倉幕府から見て鬼門の方角に建立され、
室町時代に廃寺になった国指定史跡。
二層の本堂の両脇に 阿弥陀堂、薬師堂があった)
現地案内板のCGによる復元図
とても広い敷地、以前は一面のススキ原だった場所。
発掘で見つかった鎌倉時代の建物の礎石の上に 60センチの盛り土をして、
遺跡を保護しながら 同じ位置に 建物の基壇のみ再現されている。
全体が見渡せる場所が見つからず、裏の一段高くなった場所から・・・
(奥に池、手前に3つのお堂の基壇部分が再現)
復元された池には 藻が大発生していて緑色・・・数年前の工事中には
地下から自然と水が湧き出ていたらしいけれど、
更に当時と同じように裏山の谷から水を引き込んでいるとあるが、
・・・水の動きが無いように見える。流入する水量が少ないのかな。
上のCG復元図を書いた大学の作った「AR永福寺」というアプリがあり、
そのARカメラで 建物の位置と雰囲気はつかめる。眩しくて見えづらかったけど(笑)
池はもっと大きかったみたいだなあ。
2台見かけた↓
あ~~なんだか物凄く 実物の建物が観たくなるなあ(笑)
史料が無いので 建物の再建は無し。。。
何か当時をしのばせるような、美しい植物でも植えたら良いのになぁ・・
大きな緑色の池は 真っ赤なショウジョウトンボの世界と化していて
こんなに一度にショウジョウトンボを見られた事が無いくらい見た。
ショウジョウトンボで有名になるかも!?なんて思ったりして。
暑さの為か この時間、ほとんど人も居らず
ショウジョウトンボの身体の 濃い赤色や金色から
当時の壮大な寺院の朱塗りの橋や装飾を想像して眺めた。
「裏山の谷の水」・・・という言葉が気になったので
奥の方へも行ってみよう。。。
敷地の隅の女郎花を過ぎて・・
ミソハギの脇を通って・・・
キツネのカミソリがあちこちで咲いている谷戸の奥は
湿地になっていて ひっそりと、緑色が気持ちが良かった。
太陽の下は クラクラするほどに暑くて
(この日は珍しく34度まで上がった)
山の方へ行こうと、近くの獅子舞ヶ峰へ向かう・・・
ああ やはり涼しい。沢沿いにてくてく歩く・・・
お!ハンミョウだ~~!
何匹も居る~!
なかなかお目にかかれないので
しばし、ぬかるんだ山道でハンミョウを追いかけて遊ぶ。
帽子を投げつけて捕まえてみようとするも、
全然ダメ。すばしっこい。→帽子汚れて被れなくなった。
セミ「ハンミョウは無理だよぉ、かなり速いんだから。警戒心も最高だよ♪
だって あんなに目立つ色をしているんだからね~。」
獅子舞谷への登山道入り口の脇の
一段高くなった土地に 石碑が見えたので
登り口を探して回り込んでみると、そこは農園になっていた。
地図でこの場所を調べると「鎌倉老人農園」とあった。
老人農園・・・なんだかインパクト大。
帰り道、鎌倉宮の隣の 私がいつも羨ましいな、と見物していた邸宅が
売地になっているのに気付く・・・。
古いお屋敷で 松の木も立派で、
通るたび、こんなお家に住めたらなあ・・と妄想していたのだ(笑)
すかさず販売状況を調べると 更地にされるようだ。勿体ないな。
土地約195坪。
どう変わるのか この先、注目ー。
ああ充実した散歩だった
気持ちも身体も スッキリ